会社法では、他の役員や社員がいなくても1人で会社を設立できるようになっています。フリーランスや個人事業を継続していくうちに、税金面や信用力などを考えて、法人成り(会社設立)を考える人もいるのではないでしょうか。経営者に何かがあったときの経営者自身や、家族に対するリスクへの備えの面でも検討してみましょう。
本記事では、法人成りを社会保険の面から解説していきます。
この記事の目次
社員を雇っていなくても社会保険への加入が必要
会社を設立すると、社会保険に加入しなくてはなりません。社会保険とは、健康保険や厚生年金のことで、会社員だった経験がある人は、これらの保険に加入していたでしょう。個人事業主またはフリーランスになると、社会保険から外れて国民健康保険および国民年金に加入します。しかし、個人事業主から法人成りをする場合には、健康保険と厚生年金に加入することが必要です。
健康保険法第3条と厚生年金保険法第9条において、「適用事業所に使用される70歳未満の者は被保険者」とされていることから。日々雇い入れられる人など適用されない場合もありますが、この「使用される者」には会社の経営者も含まれます。ちなみに、「使用される者」の人数が何人以上の場合といった決まりはありません。
つまり、経営者一人だけの会社であっても、報酬が0円でない限り社会保険に加入することが必要です。
社会保険加入は個人ベースでは大きなメリット
社会保険の加入は、個人保障の面では大きなメリットです。一人で事業をしていると、事業上のリスクへの対策に注力しがちで、経営者自身や家族の生活上のリスクは案外後回しになりがち。病気やケガをしないように気を付けるだけで、なかには病気になっても身体に負担がかかっても、体と気持ちにムチ打って働き続ける人も少なくありません。
しかし、社会保険に加入していれば、「病気やケガなどで療養が必要となった場合に傷病手当金を受けられる」「経営者に万一のことがあった場合に遺族厚生年金が受けられる」など、保障が手厚くなっています。また、年金も国民年金に比べて厚生年金のほうが手厚くなっているため、老後の生活面でも安心度が高まるでしょう。
では、社会保険時に利用できる「傷病手当金」「遺族厚生年金」についてみていきましょう。
傷病手当金は、健康保険の被保険者が業務上以外の私的な病気やケガのために働くことができず、会社から給与を受けられない場合に健康保険からが支給される給付金です。連続した休業3日間の待期期間の翌日(休業4日目)から最長1年6ヵ月にわたり支給されます。支給額は、直近12ヵ月の平均標準報酬月額を30で割った額(日給)の3分の2です。
●傷病手当金
例えば、直近12ヵ月の平均標準報酬月額が36万円の場合、休業1日あたりの支給額は8,000円(36万円÷30×3分の2)。傷病手当金は、休業日数に応じて支給されるため、仮に3日間の待期期間分を除いた休業日数が7日間だとすると5万6,000円、1ヵ月だと24万円、2ヵ月なら48万円など、最大432万円(1年6ヵ月分)の支給となります。
●遺族厚生年金
厚生年金保険の被保険者が死亡すると、厚生年金の加入期間の長短を問わず、生計を維持されている遺族に遺族厚生年金が支給されます。遺族の範囲と優先順位は、以下の通りです。
・子どものある妻、子どものある55歳以上の夫
・子ども
・子どものない妻
・子どものない55歳以上の夫
・55歳以上の父母
・孫
・55歳以上の祖父母
遺族厚生年金の受給額は、厚生年金の被保険者期間中の平均報酬額や被保険者期間に応じて異なります。通常、厚生年金保険の被保険者期間が短い場合は遺族厚生年金の額も少なくなりますが、実は300月(25年)未満の場合は被保険者期間が300月(25年)あるものとして計算される仕組みです。仮に、厚生年金に加入してから1年後の死亡であっても25年間加入していたものとして計算されるため、遺族にとっては助かる保障でしょう。
なお、国民年金の場合は遺族基礎年金がありますが、受給できる遺族の範囲は狭くなります。具体的には、死亡当時18歳未満の子ども(障害等級1・2級の場合は20歳)のある配偶者または18歳未満の子ども(障害等級1・2級の場合は20歳)だけです。「現在は国民年金被保険者だけれど、過去に厚生年金に加入していたことがある」という人も遺族厚生年金を受給できる可能性はあります。
ただし、この場合、国民年金および厚生年金保険の被保険者期間の合計(納付済期間、免除期間、保険料納付猶予期間等)が25年以上あることが要件です。300月の最低保証はなく、実際に厚生年金に加入していた月数で計算されるようになります。
社会保険加入、会社にとっては?
社会保険料は、会社と従業員(経営者)が折半で支払い、月給(標準報酬月額)や賞与(標準賞与額)に応じて決まります。実際には、報酬額に応じて決められている標準報酬月額に保険料率を乗じて算出する仕組みです。例えば、厚生年金は32等級の標準報酬月額があり、保険料率は18.3%です。算出された保険料額を半分ずつ会社と従業員(経営者)が支払います。
仮に、標準報酬月額が36万円の場合は、会社と個人それぞれの負担は3万2,940円ずつです。国民年金保険料の月額1万6,610円(2021年度)に比べると約2倍の負担となりますが、将来の老齢年金や万一の遺族年金の保障が手厚くなることを考えると、保険料が上がるのは納得できるかもしれません。しかし、会社も別途3万2,940円支払わなくてはなりません。
経営者1人だけの会社なら、実質的には6万5,880円で国民年金保険料に比べて約4倍の負担となります。ただし、会社負担分は、経費として計上することができ、その分税金の軽減につながるため、デメリットとは言い切れませんが、経営資金面にも影響を及ぼしかねないことから慎重に検討しましょう。ちなみに、経営者個人の所得税では社会保険料控除の適用額が上がることになります。
経営者個人でも、節税効果は受けられそうです。ただし、標準報酬月額が同じであれば社会保険料の負担額は変わりません。会社の利益が少ない年は、税金の軽減効果も小さくなることは知っておきましょう。
事業面、経営者の生活面など、総合的な検討を
税負担や事業体の信用などの観点から検討されることが多い法人成り。今回説明したように、社会保険加入の面から検討するのも一つの方法です。ただし、死亡リスクや病気リスクの備えとしては、社会保険だけでなく、民間の各種保険で補うことも検討しましょう。
事業に集中していると、保険のことまで考えが及ばないこともあります。そのような場合にも、社会保険により公的保障が厚くなることは、経営者自身や家族の生活保障の面で大きな支えとなるのではないでしょうか。税金・社会保険・家計面など、総合的なメリットを勘案したうえで法人成りを検討してください。
文・續 恵美子 日本FP協会認定CFP(R)。生命保険会社にて15年勤務した後、ファイナンシャルプランナーとしての独立を目指して退職。その後、縁があり南フランスに移住。夢と仕事とお金の良好な関係を保つことの厳しさを自ら体験。生きるうえで大切な夢とお金のことを伝えることをミッションとして、マネー記事の執筆や家計相談などで活動中。
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